ストラディヴァリウス「レディ・ブラント」、世界記録で落札——売却額の全額が東日本大震災へ
2011年6月20日、一挺のバイオリンがインターネット越しの競売にかけられた。落札額は手数料を含めて£9,808,000——現在のレートでおよそ21億円、当時のドル換算で約1,590万ドルにのぼった。楽器のオークションとしては前例のない世界記録である。買ったのは名前を明かさない誰かだった。そして売り手は、その全額を、三か月前に故郷を襲った地震と津波の被災地へ送ると、あらかじめ約束していた。
至宝を手放すという決断
2011年3月11日、東日本を巨大な地震と津波が襲った。日本音楽財団は、世界有数の弦楽器コレクションを持ち、その名器を一流の奏者に無償で貸し出してきた団体だ。震災から間もなく、財団は手元のコレクションでも「最も保存状態がよい」とされる一挺を売ると決める。1721年クレモナ製のストラディヴァリウス、「レディ・ブラント」。財団の塩見和子理事長は、どの楽器も大切だがいまは被災した人々のために皆が動くべきだ、という趣旨の言葉を残している。
バイロンの孫娘と、ほとんど弾かれなかった三百年
なぜ一挺のバイオリンに、それほどの値がつくのか。
名の由来は、19世紀の持ち主レディ・アン・ブラント。詩人バイロンの孫娘であり、「世界初のプログラマー」とも呼ばれる数学者エイダ・ラブレスの娘でもある。アラビア砂漠を馬で踏破した最初の欧州女性として知られ、自身も腕の立つヴァイオリニストだった。彼女はこれを三十年ほど手元に置いた。
もっとも、レディ・ブラントの価値は、よく奏でられたことにではなく、ほとんど奏でられなかったことにある。歴代の持ち主の多くは演奏家ではなく収集家で、弾き込まれることなく保たれてきた。製作当時のネックや表面のニス、19世紀にパリの名工ヴュイヨームの工房であつらえられた装飾の糸巻きまでが、ほぼそのまま残る。1716年の「メシア」と並んで、現存するストラディヴァリウスの中で最良の保存状態とされる所以だ。20世紀に売りに出されるたび、その価格は記録を塗り替えてきた。1971年にサザビーズの競売台に載ったときには、巨匠ユーディ・メニューインが請われて弾いてみせている——それが、この名器の数少ない演奏記録のひとつだ。
オンラインの競り、九十分、ふたりの匿名
日本音楽財団がこれを取得したのは2008年、約1,000万ドルとされる。震災後、財団は売却を決め、弦楽器を専門に扱うオンライン競売のタリシオに委ねた。事前の予想は1,000万ドル前後だった。
6月20日、競りはネット越しに進んだ。最後まで残ったのは二人の匿名の入札者で、競い合いは九十分に及んだという。ハンマー価格は£8,750,000。手数料を加えた支払総額が£9,808,000、当時のドル換算で約1,590万ドルである。それまでのストラディヴァリウスの最高記録は、前年に同じタリシオで売れた「モリトール」の360万ドル。レディ・ブラントは、その四倍を一気に超えた。
そして落札額は、まるごと被災地へ向かった。タリシオ自身も取り分の手数料を寄付に回したと伝えられ、売上のほぼすべてが日本財団の東日本大震災・津波復興基金に充てられている。
一度も響かないまま
買い手は、最後まで名乗らなかった。落札から十年以上が過ぎたいまも、楽器はその匿名の所有者のもとにあるとされ、公の舞台で弾かれたという記録は見当たらない。三百年を生きながら、ほとんど音を立てずにきた名器は、世界記録という値札をつけられたのち、また静けさの中へ消えていった。
財団はいまも、残る楽器を世界の奏者たちに貸し続けている。ステージで鳴っているのは、売られなかったほうのストラディヴァリウスたちだ。
弾かれないことで価値を守ってきた一挺が、ただ一度だけ大きく響いたのは、競売にかけられたその日だったのかもしれない。音としてではなく、行き先として。
- [1] Tarisio 公式プレスリリース「Lady Blunt Sold」(2011年6月21日) — tarisio.com
- [2] The Strad「1721 'Lady Blunt' Stradivari violin sells for £9.8m」(2011年6月) — www.thestrad.com
- [3] BBC News「Stradivarius violin sold for £9.8m at charity auction」(2011年6月) — www.bbc.co.uk