27ドル50セントのマグナカルタ——ハーバードの「写し」が79年後に原本と判明
「いくらか擦れて、水染みのある写し」。そう記録された一枚の羊皮紙を、ハーバード・ロー・スクールの図書館が買ったのは1946年。値段は27ドル50セントだった。今の貨幣価値に直しても500ドルに届かない。それから79年、ほとんど誰も真剣に見なかったその「写し」が、実は1300年に発行された本物のマグナカルタ——世界に7点しか残らない原本の一つだと判明する。
自宅の画面に現れた「本物」
2023年12月。キングス・カレッジ・ロンドンで中世史を講じるデイヴィッド・カーペンター教授は、自宅でハーバード・ロー・スクール図書館のデジタル・アーカイブをめくっていた。探していたのは、法律書などに紛れ込んだマグナカルタの非公式な「写し」。そうした写本なら、いくらでも見つかる。
ところが目録番号172番——「HLS MS 172」と振られた一枚をクリックした瞬間、手が止まった。冒頭の一語「Edwardus(エドワード)」の頭文字Eが、不自然なほど大きく書かれている。続く一行目の文字も縦に長く引き伸ばされていた。それは写しの筆跡ではない。王の役所が1300年に正式発行した原本にだけ見られる特徴だった。
カーペンター教授はすぐに、同じく中世史を専門とするイースト・アングリア大学のニコラス・ヴィンセント教授へ連絡を取った。確かめたいことがある、と。
「写し」が二束三文で流れた理由
この羊皮紙が市場に出たのは1945年12月。ロンドンのサザビーズの競売に、ある人物の所蔵品として並んだ。出品目録には「1327年ごろに作られた写し。いくらか擦れ、水染みあり」と記されていた。落札したのは法律書を扱う書店スウィート&マクスウェル。値は42ポンドだった。同店は翌1946年、これをハーバード・ロー・スクールの図書館へ転売する。このとき付いた値段が、くだんの27ドル50セントである。
なぜ国宝級の文書が、これほど安く流れてしまったのか。ヴィンセント教授の見立てはあっさりしている。戦争が終わったばかりで、誰もが疲れ切っていた——目録を作った人物は年号を読み違え、王の名まで取り違えた。エドワード1世のものを、その孫エドワード3世の時代の文書と勘違いしたらしい。「原本のはずがない、もしそうならとっくに知られているはずだ」。そんな思い込みもあって、本物である可能性は端から検討されなかった、と教授は語っている。
ではそもそも、なぜ一枚のマグナカルタの原本が一書店の手に渡るような市場に現れたのか。この謎を解いたのはヴィンセント教授だった。出品者は、第一次大戦の撃墜王として知られ、のちに英空軍少将(エア・ヴァイス・マーシャル)となったフォースター・「サミー」・メイナード。軍人がなぜ中世の勅許状を持っていたのか。教授がメイナードの孫に連絡を取ると、祖父は18世紀の奴隷貿易廃止運動を率いたトマス・クラークソンら兄弟の文書一式を相続していた、という答えが返ってきた。
ヴィンセントらの推定では、この羊皮紙はもともとイングランド北部・ウェストモーランドのアプルビーという旧選挙区に1300年に交付されたもので、地元の領主ラウザー家と縁のあったクラークソン家の手に渡り、それがめぐりめぐってメイナードへ受け継がれたとみられる。「これ以上の来歴は、作ろうと思っても作れない」とヴィンセント教授は言う。
紫外線が照らした一致
カーペンター、ヴィンセント両教授は、ハーバードの司書チームの協力を得て、紫外線と分光画像で羊皮紙を一字ずつ読み解いた。傷みで判読しにくい箇所も多かったが、文面と語順は現存する他の6点の1300年原本と過不足なく一致した。寸法も、特徴的な筆跡も合う。ハーバードは真贋を確かめる高いハードルを「文句なしの成績」でクリアした、とカーペンター教授は言う。
マグナカルタは1215年、ジョン王が貴族たちに迫られて認めた勅許状に始まる。王といえども法の下にある——投獄も処刑も財産の没収も王の一存ではできず、正当な法の手続きを踏まねばならない。この原則が、その後の立憲主義の礎になった。文書は時代ごとに何度か再発行され、エドワード1世が1300年に再確認・発行した版が、最後の正式なマグナカルタとされる。ハーバードの一枚は、まさにその1300年版だった。現存するのは、ハーバードのものを含めて世界に7点きりである。
売られない宝
カーペンター教授は、この羊皮紙を「世界で最も価値ある文書の一つ」と評する。金額に直せば数百万ドル、見方によってはそれ以上。2007年には1297年版の原本がニューヨークのサザビーズで2,130万ドルで落札されている。もっとも、ハーバードに売る気はない。図書館の運営責任者アマンダ・ワトソン氏は、収蔵品を売りに出す習慣はない、とあっさり否定した。
いまやMS 172は、図書館の宝として扱われている。2025年夏には、同校のマグナカルタ展で精巧な複製が公開された。かつて27ドル50セントで海を渡った羊皮紙は、いまも大西洋の向こう、ケンブリッジの法学図書館に収まっている。
79年のあいだ、その部屋でいちばん高価なものは、「水染みのある写し」という札を付けられて棚に収まっていた。誰も嘘をついたわけではない。戦後の目録係も、その後の誰も、頭文字のEの大きさに目を留めなかっただけだ。世界中の図書館の暗がりに、いま何が「写し」の顔をして眠っているのか。そう考えると、少しだけ背筋がのびる。
- [1] King's College London 大学発表(カーペンター教授/発見の経緯・来歴) — www.kcl.ac.uk
- [2] University of East Anglia 大学発表(ヴィンセント教授/競売・来歴の追跡) — www.uea.ac.uk
- [3] Harvard Magazine「A Magna Carta at Harvard Law School」 — www.harvardmagazine.com
- [4] Smithsonian Magazine(27.50ドル・1300年原本の鑑定) — www.smithsonianmag.com