世界のオークションに流れ着いた品々の物語。
仰天の高額落札

ガンジー遺品オークション——無所有の聖人の形見に180万ドル、買ったのは酒造王

マハトマ・ガンジーの遺品5点(丸眼鏡・サンダル・懐中時計・椀・皿)

眼鏡、サンダル、懐中時計、それに真鍮の椀と皿。どれも、生涯を「持たないこと」に捧げた男が使っていた、ささやかな日用品である。2009年3月5日、ニューヨーク。競売カタログの予想価格は2万〜3万ドル。だが競りが終わったとき、この5点には180万ドル——約2億8,800万円(1USD=160円換算)の値が付いていた。会場は沸き、建物の外では出品者本人が「売りたくない」と訴えていた。

高級時計のあいだの、場違いな5点

舞台となったアンティコルムは、本来は時計を専門とするオークションハウスだ。2日間のセールに並んだのはほとんどが由緒ある高級時計で、そのなかにひとつだけ毛色の違うロット364があった。NPRの記者は、ガラスケースに収められたガンジーの遺品が、時計の列のなかでどこか場違いに見えたと伝えている。

5点には、それぞれ来歴がある。競売社のカタログによれば、サンダルは1931年、アデン(現イエメン)で英軍将校に贈られたもの。平和会議でガンジーを撮影した人物だったという。椀と懐中時計は、晩年の身の回りの世話をした姪のアバに渡された(AP通信)。椀は、1948年の暗殺の前に最後の食事で使われたものだとも紹介されている。眼鏡にいたっては、「自由なインドを見せてくれた目だ」という言葉とともに、ある陸軍大佐へ手渡したという逸話まで伝わる。

ガンジーは折に触れて持ち物を人に譲った。その品々が持ち主の代替わりを重ね、数十年をへて集まった先が、カリフォルニアの収集家で平和活動家のジェームズ・オーティスの手元だった。

マハトマ・ガンジーの遺品5点(丸眼鏡・サンダル・懐中時計・椀・皿)
https://www.afpbb.com/

「売らせない」政府と、「条件がある」出品者

オーティスが5点の出品を決めると、インドは沸いた。政府は国民の遺産に値札が付くことに強く反発し、インドの裁判所は競売差し止めの命令を出した。マンモハン・シン首相ができる限りの手を打つよう指示したことを、文化相が競売前に明かしている(AP通信)。

一方のオーティスは、金ではない要求を掲げた。競売を取り下げる条件として、インド政府が国民の医療への支出を増やすこと、そしてガンジーゆかりの品々の世界巡回展を行うこと——NPRによれば、そんな提案である。非暴力の聖人の遺品を、非暴力のための取引材料にする。理屈は通っているようでいて、政府からすれば外国の一個人に予算の使い道を指図される話だ。交渉は決裂した。

競売当日になっても、騒ぎは収まらない。開始の数時間前、オーティスは報道陣を前に「この数時間のうちに、売らないと決めた」と宣言し、品物の返還を競売社に正式に求めた(AFP)。それでも競売社は止まらなかった。その差し止め命令の文書が、米司法当局者の手でオークションハウスに届けられる事態にまでなったが(AP通信)、競売人は開始直前、第三者の異議が解決するまで品物の引き渡しを2週間留め置くと告げ——そのまま競りを始めた。

1万ドルから180万ドルまで、4分

入札は1万ドルから始まり、およそ4分で180万ドルまで駆け上がった(AP通信)。競り合ったのは主に2者。ロンドンからとされる匿名の電話入札者と、会場でパドル360番を掲げた白いターバンの男、トニー・ベディである。

ハンマーが落ちた瞬間、詰めかけたインド系の人々から歓声と拍手がわき起こった。ベディは会場を出ながら語っている。「要するに、これはインドのものなのです」(AP通信)。彼が電話越しに代理していたのは、ヴィジャイ・マリヤ。キングフィッシャー・ビールとキングフィッシャー航空を擁するUBグループの総帥で、「キング・オブ・グッドタイムズ」を自称した派手な億万長者だ。

禁欲と禁酒を説いた聖人の形見を、国を代表する酒造王が競り落とす。皮肉な絵柄ではあったが、インドにとって悪い結末ではなかった。マリヤ側は5点を政府に引き渡す意向を示した(NPR)。落札額はカタログ予想の60倍、1点に均せば5,700万円を超える計算になる。オーティスの弁護士はその日のうちに、販売を阻む手続きを取り下げると表明したと伝えられる(AP通信)。

「国のために」買った男は、国を出た

5点はインドへ帰る——当時はそう報じられ、そう約束された。ところがこの話の後日談では、行方が怪しくなるのは品物より先に、買い手のほうだった。

キングフィッシャー航空の経営破綻で巨額の負債を抱えたマリヤは2016年3月、債務をめぐる最高裁の審理を前にインドを離れ、英国へ渡った。銀行団が回収を求める債権は約14億ドル(約2,240億円)とされる。インド当局は身柄の引き渡しを求め続けているが、彼は今も英国にとどまっているとみられる。

2018年には、ロンドンの高等法院で銀行側の弁護士が一振りの剣の話を持ち出した。ティプー・スルタンの剣——マリヤが2004年に競り落とし、インドへ持ち帰った18世紀マイソール王国の英雄の遺品である。タイムズ・オブ・インディア紙の報道によれば、マリヤは「不運を呼ぶ」という家族の言葉を受けて2016年にこの剣を手放したと裁判資料で述べており、剣の行方は王の子孫にも分からないという。銀行側はこの一件を、彼に資産を委ねることの危うさの証拠として法廷に示した。

では、ガンジーの5点はどこにあるのか。落札から17年。眼鏡とサンダルと時計と食器がいまどの展示室で誰の目に触れているのか、それをはっきり伝える後年の報道は見当たらない。

何も持たなかった男の持ち物だけが、値札を付けられ、海を渡り、いまも静かに行方を問われている。

出典 SOURCES
  1. [1] NPR「Gandhi Items Sold, But Deal On Hold」(2009年3月5日) — www.npr.org
  2. [2] AFP(France24掲載)「Gandhi items sell for $1.8 million in controversial auction」(2009年3月5日) — www.france24.com
  3. [3] AP通信(The Bulletin掲載)「Gandhi items sell for $1.8M amid protest, complications」(2009年3月6日) — bendbulletin.com
  4. [4] AP通信(Gulf News掲載)「Businessman Vijay Mallya buys Gandhi artefacts for $1.8m」(2009年3月) — gulfnews.com
  5. [5] India.com「Vijay Mallya Gave Away Tipu Sultan's Sword, Cannot be Trusted With Other Assets」(2018年4月18日・Times of India報道に基づく) — www.india.com