「人生まるごと」をeBayに出品——家も仕事も友人も、39万豪ドルで落札
2008年、ひとりのイギリス人男性が「自分の人生」をまるごとeBayに出品した。オーストラリア・パースの三寝室の家とその中身、車、バイク、ジェットスキー、勤め先での仕事の引き継ぎ、そして友人たちへの紹介まで——何もかもをひとつのパッケージにして、である。出品ページにはこうあった。「もう自分の人生にはうんざりした。いらない」。
「念のため言うと、自殺するわけじゃない」
男の名はイアン・アッシャー。1963年にイングランド北東部で生まれ、2001年にオーストラリアへ渡って営業や管理の仕事に就いた。パートナーとの十二年の交際、五年の結婚生活の末に離婚。その痛手から、過去を清算してゼロからやり直そうと考えた末にたどり着いたのが、人生まるごとの出品だった。
彼は専用サイト〈alife4sale.com〉まで立ち上げ、トップページにわざわざ但し書きを添えている。「念のため言っておくと、自殺を考えているわけではありません。人生を売るんです」。
「人生一式」の中身
では落札者は、いったい何を手に入れるはずだったのか。中心はパースの三寝室・二浴室の家で、家具も日用品も「中にあるものは文字どおり全部」込み。歯磨き粉やトイレットペーパーまで含まれていた、と報じられている。加えて車、バイク、ジェットスキー、スカイダイビング用具。
物より奇妙だったのは、形のないものまで売りに出されていた点だ。アッシャーが勤めていた敷物店での仕事には、二週間のお試し勤務が付いた。そして彼の友人たちが「とりあえず仲良くしてみる」と約束した、その紹介まで。家や車は引き継げても、人付き合いまで「引き継ぐ」という発想に、世界中のメディアが食いついた。
高額入札の幻と、現実の落札額
注目が集まると、入札は跳ね上がった。一時は二百二十万豪ドル(現在のレートで約二億五千万円)に達したと報じられている。ところがその大口は、支払い能力のない人物——一説には十五歳の少年——によるものだった。eBayの広報担当者によれば、オーストラリアの不動産法上の制約から、この出品は拘束力のない「不動産」カテゴリーの入札として扱われ、出品者みずから入札者の真偽を確かめ、怪しいものは削除する責任を負っていたという。
冷やかしに業を煮やしたアッシャーは、出品の途中で一度すべての入札を最初の登録者まで巻き戻している。「退屈した愚か者が大勢いるようだ」と書き残して。
2008年6月末、騒ぎの末に競りは閉じた。報じられた終値は三十九万九千三百豪ドル(現在のレートで約四千五百万円)。本人が望んだ額には届かず、家一軒分の値段にしかならなかったと、当人もこぼしている。もっとも、拘束力のない入札と相次ぐ冷やかしのなかで、この終値がそのまま現金に変わったわけではない。後年の本人の説明によれば、結局は手元の資産を順に売り払って清算し、主役だった家も別途買い手を見つけた(およそ十九万ポンドを得たと語っている)。
売り払った先に、島があった
ここからが、この話のいちばん奇妙で、いちばん良いところだ。
人生を手放したアッシャーは、宣言どおり旅に出た。「百週間で百の目標を達成する」というリストを携え、世界中を巡る。最後の目標を果たしたのは2010年7月4日、ニューヨークの自由の女神像の冠の中だった。
旅の記録は『A Life Sold(売られた人生)』という本になり、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズがその映画化権を買い取った。人生をeBayで売った男は、今度は自分の物語を売ったわけである(なお、この映画化は企画こそ進んだものの、公開には至っていない)。そしてアッシャーはディズニーから得た資金を、パナマ沖の小さな島の購入に充てた。文字どおり、無人島の主になったのである。
その島で二冊目の本を書き、英国のテレビ番組にも出演した彼は、2014年に島を手放す。以来、定住する家を持たないまま、世界を旅し続けている。2024年の時点でも、その暮らしぶりは変わっていないと報じられた。
人生まるごとをカートに入れて売り払った男は、結局もう一度ゼロから人生を組み立て直し、しかも以前より風変わりな場所にたどり着いた。最初の出品文の一行——「もう自分の人生にはうんざりした」——を、これほど派手に裏返してみせた人もそうはいない。
- [1] Wikinews「Man auctions his life on eBay, is disappointed at sale price」(2008年6月、AP/Reuters系) — en.wikinews.org
- [2] NBC News(AP)「Guy auctions off life, selling price disappoints」 — www.nbcnews.com
- [3] HuffPost UK「Divorced Ian Usher Bounces Back As Disney Buys Rights To Make His Story A Movie」(2012年) — www.huffingtonpost.co.uk
- [4] Wikipedia「Ian Usher」 — en.wikipedia.org