世界のオークションに流れ着いた品々の物語。
呪物・いわく付き

ユナボマーの私物を国家が競売に——モンタージュ画の「あのパーカー」は2万ドル

Unabomber's Hoodie and Sunglasses(ユナボマーのパーカーとサングラスほか押収私物)

グレーのフード付きパーカーと、大ぶりのサングラス。アメリカで暮らした人なら、一度はあのモンタージュ画を見たことがあるはずだ。つかまらない爆弾魔の、唯一の「顔」だった絵。2011年、その絵に描かれた装いの実物が、ほかでもないアメリカ政府の手でインターネット競売にかけられた。落札価格は2万25ドル。売り上げの行き先は、男が爆弾で傷つけた人々だった。

18年間、顔のなかった男

1978年から1995年にかけて、アメリカ各地の大学研究者や航空会社、コンピューター店に爆発物が送りつけられた。16件の爆発で3人が死亡し、23人が負傷。FBIが「ユナボマー」と呼んだ犯人の捜査は、同局史上もっとも長く、もっとも金のかかった事件のひとつになった。

それでも手がかりは乏しかった。数少ない目撃証言から作られたのが、サングラスをかけ、パーカーのフードを目深にかぶった男のモンタージュ画である。のちの政府競売の出品解説によれば、出品されたサングラスは1987年2月、ユタ州ソルトレイクシティで犯行に及ぶ姿を目撃された際にかけていたとみられるものによく似ていたという。

転機は1995年。犯人が新聞への掲載を要求した「産業社会とその未来」と題する3万5000語の論文が紙面に載ると、その文体と思想に見覚えのある男がいた。実弟のデイビッドである。弟の通報を受けたFBIは1996年4月3日、モンタナ州リンカーン郊外の山中に建つ小屋を急襲し、セオドア・カジンスキーを逮捕した。ハーバード大学出身で、カリフォルニア大学バークレー校で数学を教えたこともある男だった。電気も水道もない3メートル×3.6メートルの小屋からは、爆発物や化学薬品、そして膨大な手書きの文書が押収された。

犯人の持ち物は、誰のものか

その押収品をめぐって、7年に及ぶ法廷闘争が起きる。カジンスキーは自ら法廷に立ち、私物の返還を要求した。母校ミシガン大学に寄贈するのだ、と。一方、彼には被害者への賠償として1500万ドル——約24億円(1USD=160円換算)の支払いが命じられていたが、その原資はどこにもなかった。裁判所が出した答えが、競売だった。私物を売り、わずかでも賠償に充てる。

競売を実施したのは連邦保安官局と米一般調達局(GSA)。出品にあたってFBIの捜査官たちは、4万ページに及ぶ文書から被害者に関する記述をひとつひとつ塗りつぶしたと報じられている。被害者側にも、競売の話題性がかえって犯人の「知名度」を高めるとして反対する声はあった。それでも全米犯罪被害者センターの幹部は、収益が被害者に直接渡るこの方式を、現実的な最善の選択だと評した。

58点、23万ドルの「いわく」

オンライン競売は2011年5月18日に始まり、6月2日に終了した。タイプライター、工具、衣類、数百冊の蔵書。落札されたのは58点、総額23万2246ドル——現在のレートで約3700万円にのぼった。

最高額はカジンスキーの個人的な日記およそ20冊のロットで、21人が競り合った末の4万676ドル。手書きのマニフェスト草稿が2万53ドル、声明文を打ったスミス・コロナの手動タイプライターが2万2003ドル、自伝が1万7780ドルと続く。そして、モンタージュ画の装いそのままのパーカーとサングラスの一式には、2万25ドル——約320万円の値が付いた。

細かな工具類にも買い手は付いた。計測器と手工具の組みが2603ドル、手斧と小型ナイフが1662ドル。出品ページには、爆発物はすべて電動工具を使わず手作業で組み立てられたという注記が添えられていた。

博物館も動いた。ワシントンの犯罪と刑罰博物館はパスポート用の白黒写真、弓のこ、はかりの3点を計1766ドルで落札。報道博物館ニュージアムはパーカーやマニフェスト、タイプライターを狙っていたが、価格の高騰に手が届かず、入札にすら加われなかったと担当学芸員は明かしている。珍奇な見世物で知られるリプリーズは、参加すらしなかった。「ユナボマーに関して売り込みたいものは何もない」と幹部は言い切った。

金は被害者へ、パーカーは闇へ

2011年8月、連邦判事は売上金の分配を命じた。受け取ったのは、殺害された男性2人の妻、重傷を負った男性の妻、そして負傷したコンピューター店の店員の計4人。1994年に広告会社幹部の夫を小包爆弾で亡くしたスーザン・モッサーは競売の際、AP通信にこう語っている。「彼は持ち物を返してほしがっていた。こうすれば戻らない。それに、賠償は一セントも払われていないのだから」

では、あのパーカーはどこへ行ったのか。わからない。政府公売の落札者は、本人が名乗り出ない限り匿名のままだからだ。

競売に出なかった最大の押収品——小屋そのもの——はFBIの所有物として、ワシントンのニュージアムに貸し出され11年にわたり展示された。カジンスキーは生前、この展示にすら獄中から抗議の手紙を書いている。被害者をさらなる報道にさらすから、というのが彼の挙げた理由だった。ニュージアムが2019年末に閉館すると、小屋は2020年にFBIへ返却され、現在は本部の保管庫に収められている。

カジンスキー本人は2023年6月10日、移送先だったノースカロライナ州の連邦医療刑務所で死亡した。81歳。AP通信は関係者の話として、自殺だったと報じている。

モンタージュ画は、いまも検索すれば数秒で出てくる。実物のほうは、320万円を払った誰かのクローゼットで、あの絵と同じ形のまま吊るされているのかもしれない。

出典 SOURCES
  1. [1] NBC News「Unabomber auction nets $190,000」(2011年6月) — www.nbcnews.com
  2. [2] Deseret News(AP)「Unabomber's tools auctioned to benefit victims」(2011年6月) — www.deseret.com
  3. [3] CBS News「Unabomber victims to split $232K from auction」(2011年8月) — www.cbsnews.com
  4. [4] NPR「Ted Kaczynski, known as the 'Unabomber,' dies in prison at age 81」(2023年6月) — www.npr.org