タイタニックのバイオリン落札——沈む船で鳴り続けた楽団長の遺品に約1.9億円
2013年10月19日、英ウィルトシャー州ディヴァイジズ。海から遠く離れた小さな町の競売場に中継車3台とテレビクルー10組が詰めかけ、ひびの入った弦2本のバイオリンに90万ポンド——日本円でおよそ1.9億円の値がついた。101年前、沈みゆくタイタニックの甲板で最後まで鳴り続けたと伝わる楽器である。
甲板の八人
1912年4月14日深夜、処女航海中のタイタニックは北大西洋で氷山に接触し、日付の変わった15日未明に沈んだ。犠牲者は1,500人を超える。
生存者たちが繰り返し証言したのが、楽団の姿だった。乗客が救命ボートへ乗り移るあいだも、楽団長ウォレス・ハートリー率いる8人の楽士は甲板で演奏をやめなかったという。最後に奏でられたのは賛美歌「主よ御許に近づかん」だったと広く伝えられ、この場面は1997年の映画『タイタニック』でも再現されている。8人は、全員が船とともに死んだ。
ハートリーは33歳。ランカシャー州コルンの出身で、父は地元メソジスト教会の聖歌隊長だった。当時はヨークシャーのデューズベリーに暮らし、その手元には婚約者マリア・ロビンソンから贈られた一挺があった。
「ウォレスへ。婚約の記念に。マリアより」
楽器そのものは、名匠の銘器ではない。1880年ごろのドイツ製とみられる量産品で、胴内に残る「マッジーニ」のラベルも後年貼られたもの、名匠の名を借りたありふれた仕立てである。ただ、テールピースには銀のプレートが付いている。1910年、婚約のしるしにこの楽器を贈ったマリアが取り付けさせたもので、刻まれた言葉は短い。「ウォレスへ。婚約の記念に。マリアより」
沈没から10日後の4月25日、遺体収容船マッキー・ベネット号の乗組員が、救命胴衣を着けたままのハートリーを海上で発見する。当時の新聞は、遺体には革の鞄が括り付けられており、中にバイオリンが収められていたと報じた。ただし、これを裏づける公式記録は存在しない。遺体とともに英国へ送り返された遺品の目録に、バイオリンの記載はないのだ。
手がかりは、マリアの日記に残されていた。1912年7月19日付で、カナダ・ノバスコシア州の州務長官に宛てた電報の文面が書き留められている。「亡き婚約者のバイオリンの返還にお力添えくださった皆様に、心からの感謝をお伝えいただければ幸いです」。そして1939年にマリアが世を去ったとき、自宅には楽譜と傷んだバイオリンの入った革鞄が残されていた。
救世軍、屋根裏、そして競売商へ
遺言執行人を務めた姉妹は、その革鞄を地元ブリドリントンの救世軍に託す。救世軍の楽長はそれを、楽団員のバイオリン教師に譲った。この教師が1940年ごろ弟子に宛てた手紙が残っている。「弾くのはほぼ無理です。波乱に満ちた来歴のせいでしょう」。楽器はやがて弟子の家に渡り、そこで忘れられた。
再び姿を現すのは2006年。英国のある家の屋根裏から見つかったバイオリンが、タイタニック遺品を専門に扱う競売商ヘンリー・オルドリッジ&サンに持ち込まれた。持ち込んだのは、かつての弟子の息子だという。
競売商は鑑定に7年を費やした。英内務省の法科学機関の検査、CTスキャン、オックスフォード大学の調査。自ら「CSIさながら」と形容した検証を経て、2013年3月、「本物」と宣言した。
それでも疑いは消えなかった。米タイタニック歴史協会などの研究者が公式目録に記載のない点を問題視し、詐欺だと断じる作家も現れたと当時報じられている。一方、世界有数のタイタニック収集家クレイグ・ソーピンは、遺品の多くはそもそも目録に載らないまま遺族へ返されていたと反論した。100年前の書類の空白は、どちらの側からも完全には埋められない。
50ポンドから90万ポンドまで、10分
競売を前に、バイオリンは大西洋を渡って米国のタイタニック博物館2館で展示され、35万人以上が見たとされる。ベルファスト、そしてハートリーの暮らしたデューズベリーでの1日限りの里帰り展示を経て、競売の日を迎えた。
事前の予想額は20万〜30万ポンド。入札は帳簿上の50ポンドから静かに始まり、数分で10万ポンドを超えた。30万ポンドで場内がどよめき、75万ポンドを過ぎると残る入札者は3人。最後は電話口の2人——英国の収集家と米国の収集家——の一騎打ちになった。
ハンマーが落ちたのは90万ポンド、約1億9,350万円(1ポンド=215円換算)。競りが始まってから、わずか10分後だった。手数料込みの支払総額は約110万ポンド、当時のレートで約170万ドルと報じられている。タイタニック遺品のそれまでの最高額は、2011年に落札された船体図面の22万ポンドとされる。90万ポンドは、その4倍にあたる。
海を、もう一度渡って
競り勝った英国人収集家の名前は、今も明かされていない。ただ、新しい所有者は楽器を金庫にしまい込まなかった。競売商を介した取り決めのもと、バイオリンは2016年から米ミズーリ州ブランソンとテネシー州ピジョンフォージの「タイタニック・ミュージアム・アトラクション」で公開され、以後もたびたび同館の展示室に戻ってきている。同館によれば、来館者が「もう一度見たい」と最も求める収蔵品だという。
大きなひびが2本、残る弦も2本。もう修復はきかず、このバイオリンが再び弾かれることは、おそらくない。
ハートリーの遺体は故郷コルンに帰り、教会の墓地に葬られた。墓石には石で彫られたバイオリンと、あの賛美歌の銘があしらわれている。1912年4月の凍てつく夜、この楽器が本当に最後まで鳴っていたのかどうか、書類の上ではもう誰にも証明できない。ただ、海から戻った一挺が、マリアの家で27年を過ごしたこと——記録に残るのは、それだけで十分なのかもしれない。
- [1] The Strad「Auction record: 'Titanic violin' fetches £900,000」(2013年10月) — www.thestrad.com
- [2] BBC News「Titanic band leader's violin is authentic, say experts」(2013年3月) — www.bbc.com
- [3] Antiques Trade Gazette「Titanic violin sells for a record £900,000」(2013年) — www.antiquestradegazette.com
- [4] AP / The Washington Times「Titanic violin to go on display next year at 2 US museums」(2015年8月) — www.washingtontimes.com