世界のオークションに流れ着いた品々の物語。
呪物・いわく付き

ホピ族の聖なる仮面70点、パリで競売——買い戻して返還した「謎の入札者」の正体

ホピ族の祭祀用仮面(カチーナ)70点

2013年4月12日、パリの競売場ドルーオー。競売人は壇上の仮面のひとつを「ピエロの顔のようだ」と評し、別の一点の目元を自動車メーカー・ルノーのロゴにたとえて、客席の笑いを誘った。「本日一番のお買い得ですよ」——フランス24が伝えた、競売人ジル・ネレ=ミネの言葉である。その仮面を「祖先の霊が宿る、生きている存在」と信じる人々が大西洋の向こうにいて、この日まで競売の中止を訴え続けていたことは、会場の誰もが知っていた。

「これは美術品ではない」

売りに出されたのは、米アリゾナ州北東部に暮らす先住民ホピ族の祭祀用仮面、70点。木と革に馬の毛や羽根をあしらい、赤や青の鮮やかな顔料で彩られた、19世紀末から20世紀初頭の品々だ。

ホピの信仰において、これらの仮面は工芸品でも美術品でもない。カチーナと呼ばれる精霊が宿り、亡き祖先の霊を体現する「生きている存在」なのだという。部外者の目に触れさせること自体が禁忌で、子どもですら見てはいけないものとされる。フランスに留学していたホピの青年が、抗議のさなかにロイターの取材へ語った言葉が残っている。「私たちには、ほかの文化と分かち合える芸術がたくさんある。でも、これは違う」

ホピ側は、仮面が1930〜40年代に保留地から持ち出されたものだと主張した。一方、出品を仕切ったネレ=ミネ・テシエ&サルー商会は、米国に30年暮らした「確かな審美眼を持つ愛好家」のコレクションだと説明するのみで、詳しい入手経緯は明かさなかった。

競売開始の朝、差し止めは棄却された

2013年3月、競売の計画を知ったホピ文化保存局は抗議の書簡を送ったが、返答はなかった。そこから競売前日までのあいだに、駐仏米国大使、米国の複数の美術館長、そして俳優のロバート・レッドフォードまでが中止や延期を求める声を上げた。レッドフォードは公開書簡で、この競売を「冒涜であり、犯罪的な行為」とまで呼んだ。

先住民の権利擁護団体サバイバル・インターナショナルは、ホピ族とともにパリの裁判所へ売却差し止めを申し立てた。法廷で部族側は訴えた——これらは美術品ではなく、祖先の霊を体現する聖なる存在なのだ、と。

裁判所が結論を出したのは、競売当日の朝だった。申し立ては棄却。報道によれば、裁判所が売却に介入できるのは対象が人間の遺骸などにあたる場合に限られ、仮面はその定義に当てはまらない、という判断だった。「生きている」と訴える部族と、「法的には物品」とみなす司法。数時間後、ハンマーは予定どおり振り下ろされることになる。

抗議と笑い声のなかで、93万ユーロ

当日の会場は厳重な警備が敷かれ、立ち上がって競売を非難した女性が退場させられた。先のホピの青年も、進行を遮って抗議の演説をしたとして会場から連れ出されている。

それでも仮面は、飛ぶように売れた。1点あたり2,000〜32,000ドルの値付けがされていたなかで、最高額は「クロウ・マザー(カラスの母)」と呼ばれる1880年ごろの仮面。事前予想の3倍を超える16万ユーロ、約2,960万円(1EUR=185円換算)で落札され、場内には拍手が起きた。その瞬間、「買わないで。それは聖なる存在なのです」と叫んだ女性がいたことを、ニューヨーク・タイムズが書き留めている。

2点を約2万8,000ユーロで落札したニューヨークの収集家は、フランス24の取材に「盗まれたものだとは思わない。保存してきた収集家たちは、批判ではなく感謝をされるべきだ」と語った。70点の売上は総額93万1,000ユーロ、約1億7,224万円に達した。

ただし、そのうち1点だけは性質の違う落札だった。部族側の代理人を務めた弁護士ピエール・セルヴァン=シュレベール自身が、1点を競り落としていたのだ。ホピに返すために。AP通信によれば落札額は6,000ユーロで、彼は後日アリゾナ州フラッグスタッフへ赴き、その仮面を部族の代表者と宗教指導者に直接手渡している。

8カ月後、「謎の入札者」

2013年12月9日、パリの別の競売会社EVEが、再びホピとサンカルロス・アパッチの聖具を競売にかけた。差し止めの試みは今回も退けられた。

アリゾナでは、ホピの文化指導者サム・テナコングヴァが、深夜のオンライン中継で競売を見つめていた。ニューヨーク・タイムズが伝えたところによれば、品物が次々と落札されていくのを見届けて午前2時に明かりを消したとき、彼は仮面に宿る存在たちに別れを告げる思いだったという。

その2日後、思いがけない発表があった。この競売で匿名のまま24点・総額約53万ドル(約8,500万円、1USD=160円換算)を落札していたのは、ロサンゼルスのアネンバーグ財団だった。ニューヨーク・タイムズによれば、財団は差し止め棄却の報を受けて最大100万ドルの予算をひそかに承認し、競売に臨んでいたという。幹部のグレゴリー・アネンバーグ・ワインガーテンは声明でこう述べている。「これらは暖炉の上に飾るトロフィーではない。競売場にも個人のコレクションにも属さないものだ」

財団は24点のうち21点をホピ族へ、3点をサンカルロス・アパッチ族へ返還すると発表した。

返還を歓迎したテナコングヴァは、しかし、同紙の取材にこう語ることも忘れなかった。「誰も、自分たちの聖なるものを買い戻さなくてよいはずなのだ」。実際、ジュネーブ大学アートロー・センターの判例研究によれば、パリでの先住民聖具の競売は2013年から14年にかけてその後も繰り返され、数十点が同じように売られていった。あの日ドルーオーに響いた笑い声と、午前2時に消された明かり。ふたつの夜の距離は、いまも埋まっていない。

出典 SOURCES
  1. [1] France 24(2013年4月12日) — www.france24.com
  2. [2] NBC News/ロイター(2013年4月12日) — www.nbcnews.com
  3. [3] NPR(2013年12月11日) — www.npr.org
  4. [4] ジュネーブ大学アートロー・センター ArThemis 判例ノート — plone.unige.ch