シャーリー・テンプルのブルーダイヤ——推定56億円の指輪に、買い手はつかなかった
1940年、ハリウッドの人気子役だった少女に、父親が一つの指輪を贈った。深い青のダイヤモンド、9.54カラット。支払われた額は7,210ドルだった。それから76年後の2016年、同じ指輪がニューヨークのサザビーズに並ぶ。つけられた予想額は2,500万〜3,500万ドル——日本円にしておよそ40億〜56億円。けれどもその夜、買い手はつかなかった。
父が選んだ青い石
指輪を受け取ったのは、シャーリー・テンプル。1930年代、巻き毛と歌と踊りで不況下のアメリカを沸かせた、当代きっての子役だった。父親が石を買い与えたのは、彼女が映画『青い鳥』を撮り終えた12歳の誕生日の頃だという。クッションカットの「ファンシー・ディープ・ブルー」を、アールデコ調のプラチナ枠に収めた一品だった。
子役を退いたのちの彼女は、政治と外交の世界へ進む。国連代表団の一員となり、ガーナ、続いてチェコスロバキアのアメリカ大使を務めた。1969年に国連代表として宣誓したときも、指にはあの青いダイヤがあったと伝えられている。2014年2月、85歳でこの世を去るまで、石はずっと彼女とともにあった。

2,200万ドルで止まった競り
2016年4月19日、サザビーズ・ニューヨークの「マグニフィセント・ジュエルズ」。300を超える出品物のなかで、この指輪は当夜の目玉と位置づけられていた。エスティメート(予想落札価格)は2,500万〜3,500万ドル。子役スターの来歴と、希少な青いダイヤという二つの価値が、その数字を支えていた。
競りは1,900万ドルから始まった。ロイターによれば、値は2,200万ドル(約35億円)まで伸びたところで止まる。設定されていたリザーブ(最低落札価格)に届かず、ハンマーは振り下ろされなかった。サザビーズは「今夜はこの石の夜ではなかったが、必ず買い手は見つかると確信している」とのコメントを出した。物語は語り尽くされていた。それでも、相場は動かなかった。
物語と相場のあいだ
青いダイヤそのものに買い手がいなかったわけではない。この不落札のわずか2週間前、香港のサザビーズでは、ひとまわり大きな10.10カラットの青いダイヤ「デビアス・ミレニアム・ジュエル4」が3,200万ドルで落札され、アジアの記録を塗り替えたばかりだった。青い石を欲しがる人は、たしかにいた。届かなかったのは、テンプルの指輪に付けられた値のほうだった。
削り直された青
だが、この石の話はそこで終わらない。
不落札の後、アメリカの宝石商ウィンザー・ジュエラーズが石を買い取る。同社は世界でも指折りのカッターに相談し、ある賭けに出た。再研磨である。専門誌ナショナル・ジュエラーによれば、数か月におよぶ慎重な作業の末、石は9.54カラットから9.3カラットへとわずかに目方を落とし、そのかわりVVS2だった透明度は最高位の「内部無欠陥(IF)」へと格上げされた。内包物が消えると、青はかえって深くなったという。GIA(米国宝石学会)の鑑定書は、その色をあのホープ・ダイヤモンドに近いと記している。
2019年、生まれ変わった石は、ジュネーブの宝飾見本市ジェムジュネーブで初めて公の場に現れた。
父親が12歳の娘に贈った、7,210ドルの指輪。生涯をともにした石は、数千万ドルの値をつけられても、あの夜は誰のものにもならなかった。物語だけでは、相場は超えられない。皮肉なのは、その石がふたたび輝きを取り戻したのが、テンプルの名ではなく、研磨師の手で青を削り出されたときだった、ということだ。
- [1] Reuters「Nobody Bought Shirley Temple's 9.54 Carat Blue Diamond at Auction」(2016年4月) — fortune.com
- [2] BBC News「Shirley Temple's blue diamond ring up for auction」 — www.bbc.com
- [3] National Jeweler「The Shirley Temple Blue Diamond Is Back」(2019年4月) — nationaljeweler.com
- [4] NBC News「Blue Diamond Worn for Years by Shirley Temple Up for Auction」 — www.nbcnews.com