クリプトパンクス104体、サザビーズで開始直前に撤回——「やっぱり売らない」
2022年2月23日の夜、ニューヨークのサザビーズは「史上最大のNFTオークション」を開こうとしていた。会場は満員、カクテルが配られ、世界中が生配信を見守っていた。だが午後7時の開始時刻を過ぎても、競りは始まらない。25分後、品物そのものが消えた。
「史上最高額」と打ち上げられたセール
2月8日、サザビーズはひとつの目玉を発表する。クリプトパンクス104体を、ひとまとめにして売りに出すというのだ。クリプトパンクスは2017年にラーバ・ラボスが生んだ、ドット絵のアバター1万点のコレクション。NFT(非代替性トークン=ブロックチェーン上で唯一性が保証されたデジタル資産)ブームの源流とされ、当時もっとも知られたシリーズだった。
セールの名は「Punk It!」。エスティメート(予想落札価格)は2,000万〜3,000万ドル、いまのレートで約32億〜48億円。NFTの一括ロットに付いた予想額としては、当時の最高だった。出品者は、ツイッター(現X)で「0x650d」と名乗る匿名のコレクター。前年にこの104体を買い集めた人物である。当日の本店にはNFTの歴史を語るパネル討論が組まれ、来場者にはカクテルがふるまわれ、ユーチューブには500人近くが見入っていた。すべては、ハンマーが一度振り下ろされる瞬間のための舞台だった。
25分間、何も起きなかった
ところが、その瞬間は来なかった。
午後7時25分ごろ、サザビーズは静かに告知を出す。出品者との協議の結果、本日のPunk Itセールは取り下げられた、と。競りは、一度も始まらなかった。会場のスクリーンから作品は消え、公式ページからも数分のうちに痕跡が消えた。
困惑する会場をよそに、当の出品者はツイッターに短い一文を投げた。「nvm, decided to hodl」——「やっぱりやめた、ガチホするわ」。hodl(ホドル)は暗号資産界隈の俗語で、値動きに動じず売らずに持ち続けることを指す。世界最古級のオークションハウスの一大イベントは、たった数語のスラングで幕を下ろした。
なぜ、土壇場で降りたのか
理由は公式には語られていない。ただ、現場にいたCoinDeskの記者によれば、開催前に水面下で集まっていた最高入札は1,400万ドル(約22億円)どまりで、予告された2,000万〜3,000万ドルには遠く届かなかったという。しかもその1,400万ドルは、出品者が設定したリザーブ(最低落札価格)とちょうど同じ額だった。大々的に予告しておきながら、期待を大きく下回る値で手放す——あるいは公開の場で不発に終わる——のを避けたのではないか、という見方が報じられている。
0x650dはその後、撤回劇を茶化すように何枚かのミームを投稿した。クリプトパンクスを「メインストリームに連れていく」はずが、結局は「サザビーズをラグった(はしごを外した)」のだと、有名なネタ画像に重ねてみせている。
その後——売らなかった男と、しぼんでいく相場
彼はパンクを手放さなかった。皮肉だったのは、そのタイミングである。この一件のわずか3週間後、クリプトパンクスを生んだラーバ・ラボスは、ブランドとIP(知的財産権)そのものを、ボアード・エイプの運営元ユガ・ラボスへ売却した。NFT相場は2022年を通じて急速に冷え込み、フロア価格(出品中の最低価格)はその後数年、当時の水準を大きく下回ったまま推移する。もし「史上最大のセール」が成立していれば刻まれたはずの記録は、相場の天井近くで宙に消えた。クリプトパンクスのIPは2025年、さらに別の非営利団体の手へと渡っている。
売らずに抱え込んだ104体が、いまドル換算でいくらの価値なのかは分からない。確かなのは、サザビーズがこれまで手がけたNFTセールでもっとも語り草になったのが、ハンマーの一度も鳴らなかったこの一件だった、ということだ。
- [1] CoinDesk「Sotheby's Withdraws Lot of 104 CryptoPunks Minutes Before Expected Auction」(2022年2月) — www.coindesk.com
- [2] artnet News「Sotheby's Expected to Sell 104 CryptoPunks for a Record $30 Million. Instead, the Collection Was Pulled Just Before the Sale」(2022年2月) — news.artnet.com
- [3] CoinDesk「Why the CryptoPunk Flop Is a Turning Point for NFT Auctions」(2022年2月) — www.coindesk.com
- [4] Coinspeaker「Larva Labs Sells CryptoPunks IP to Yuga Labs」(2022年3月) — www.coinspeaker.com