世界のオークションに流れ着いた品々の物語。
悲運の不落札

「決闘する恐竜」化石、競売不成立——550万ドルでも届かず、7年間倉庫に眠った

Dueling Dinosaurs(決闘する恐竜)

噛み合ったまま、6700万年。砂岩の塊から現れたのは、捕食者と獲物が組み合って絶命したとみられる一対の恐竜だった。記録更新を見込まれた競売には報道陣が詰めかけたが、競りは81秒で止まり、ハンマーは一度も振り下ろされなかった。

二体で一つの標本

2006年、米モンタナ州ヘルクリーク層の私有牧場で、化石ハンターたちが奇妙なものを掘り当てた。小型の肉食恐竜と、トリケラトプスに近い角竜が、絡み合うように一つの岩塊へ埋もれていたのだ。角竜の頭骨には肉食恐竜の歯が刺さり、肉食側の頭や胸は蹴り潰されたように見える、と報じられた。決闘の末に共倒れになった——と読めば物語は完璧だが、洪水で同時に押し流された他人同士という見方もあった。真相は岩から取り出して調べるまでわからない、と研究者たちは当初から慎重だった。

それでも、この標本が特別なことは誰の目にも明らかだった。捕食者と被食者がそろって化石化した例は、当時の報道で世界に二例しか知られていない。しかも肉食側は、古生物学で長く決着のつかない難題を抱えていた。小型のティラノサウルス類「ナノティラヌス」は独立した種なのか、それともティラノサウルス・レックスの子どもにすぎないのか。出品にあたってボナムズは、この一体がその論争に答えを出すかもしれない、と謳った。

Dueling Dinosaurs(決闘する恐竜)
https://en.wikipedia.org/

81秒で下りた幕

2013年11月19日、ボナムズは「モンタナの決闘する恐竜と名品化石」と題したセールをニューヨークで開いた。エスティメート(予想落札価格)は700万〜900万ドル、約11億〜14億円(1ドル160円換算。以下同じ)。落札されれば化石オークションの最高額になるはずだった。

もっとも、会場の外では反対の声が上がっていた。これほど貴重な標本が個人コレクターの手に渡れば、研究から永遠に失われかねない——古生物学者たちはそう訴え、富裕な買い手が現れて公的機関へ寄贈してくれることをむしろ願った。

競りは300万ドルで始まった。値は上がっていったが、550万ドル(約8.8億円)で止まる。出品者が設けた最低落札価格、いわゆるリザーブに届かず、ロットは台から下ろされた。落札不成立。会場のどよめきも、わずかなあいだのことだった。所有者は値に納得できず、化石を倉庫へ戻した。

化石は鉱物か、土地か

長い眠りの原因は、値段だけではなかった。牧場の地表の権利はマレー夫妻のものだったが、地下の鉱物権の一部は、かつて土地を売った元のパートナー、セバーソン兄弟が握っていた。兄弟は法廷で主張した——化石は鉱物である、ならば売却益の取り分は我々にある、と。

争点は風変わりだった。恐竜の骨は、石油や石炭と同じ「鉱物」なのか。それとも土地そのものに属するのか。一審はマレー側を認めたが、2018年には連邦控訴裁が鉱物権者の側に立ち、判断は揺れ動いた。決着は2020年、モンタナ州最高裁が下した。化石は鉱物ではなく、それが眠る土地に属する——。マレー夫妻の所有が確定し、判決は州内のあらゆる化石発掘の前例となった。

売れなかったことが、救いになった

権利が固まると、ノースカロライナ自然科学博物館を支える非営利団体が動いた。寄付を募って標本を取得し、博物館へ寄贈したのだ。取得額は約600万ドル(約9.6億円)と報じられている(博物館側は金額を公表していない)。記録を作りそこねた競売の不成立が、結果として標本を私蔵から遠ざけ、科学の手元に残したことになる。

化石は今、来館者が作業の様子を見られる公開ラボで、骨を一片ずつ岩から掘り出されている。そして2025年、研究チームはネイチャー誌に一つの答えを示した。問題の肉食恐竜は、ティラノサウルスの子どもではなく、独立した種ナノティラヌスの成体だった——と。出品時にボナムズが「論争に決着をつけるかもしれない」と謳ったあの難題に、骨は12年越しで応えてみせた。

記録のために運び込まれた化石は、記録を一つも残さずに会場を去った。その骨が本当の答えを差し出したのは、ハンマーの音が響かなかった、ずっと後のことだった。

出典 SOURCES
  1. [1] Live Science「'Dueling Dinosaur' Fossils Fail to Sell at Auction」(2013) — www.livescience.com
  2. [2] High Country News「Montana's Dueling Dinosaur fossils get no action at the auction」(2013) — www.hcn.org
  3. [3] Smithsonian Magazine「The Mystery of the 'Dueling Dinosaurs' May Finally Be Solved」(2020) — www.smithsonianmag.com
  4. [4] NC State News「Nanotyrannus Confirmed: Dueling Dinosaurs Fossil Rewrites the Story of T. rex」(2025) — news.ncsu.edu