世界のオークションに流れ着いた品々の物語。
呪物・いわく付き

「ディビュークの箱」――eBayで280ドルの戸棚が『世界一呪われた物』になるまで

Dybbuk Box(ディビュークの箱)

eBayに一台のワイン用キャビネットが出品されたのは、2003年のことだった。出品文によれば、それはホロコーストを生き延びたユダヤ人女性の遺品で、中には人に取り憑く悪霊「ディビューク」が封じられている――開けた者には不運と病が降りかかる、と。やがてこの戸棚は280ドルで落札され、『世界一呪われた物』と呼ばれるまでになった。だが20年後、その物語を書いた当の男が口を開いた。

「絶対に開けてはいけない」と出品された戸棚

Dybbuk Box(ディビュークの箱)と呼ばれるこの品は、見た目には何の変哲もない木製の小さなワインキャビネットだ。箱にはヘブライ語の祈りの言葉が彫られている。ありふれた中古家具として流れていくはずだったこの戸棚を特別にしたのは、出品ページに添えられた長い「来歴」の物語だった。出品文によれば、これは決して開けてはならない箱で、関わった者を次々と災いが襲うという。

ディビューク(dybbuk)とは、ユダヤ教の民間伝承に登場する、生者に取り憑く死者の魂を指す。もっとも、その霊が「箱に封じられる」という発想は、この出品文より前のどんな伝承にも見当たらない。

出品文が語った「呪いの来歴」

出品者が綴った物語は、おおむねこうだ。問題のキャビネットは、ホロコーストを生き延びてアメリカに渡ったユダヤ人女性の所有物で、彼女の死後、遺品整理のセールに出された。家族のあいだでは「この箱だけは決して開けてはならない」と言い伝えられていたという。

箱の中からは、奇妙な品々が見つかったとされる。1925年と1928年のウィートペニー硬貨、ブロンドと黒褐色の毛髪の束、ヘブライ語で「シャローム」と刻まれた小さな石像、干からびた薔薇のつぼみ、金色のゴブレット、そして蛸の脚のような意匠をもつ黒い燭台。出品文によれば、この戸棚に関わった人々は、老婆の現れる悪夢にうなされ、原因不明の不調に見舞われたという。

280ドルの競り合いと、それを買った博物館長

2003年に最初に出品されたこの箱は、何人かの手を経て、2004年2月にふたたびeBayの競売にかけられた。当時の報道によれば、終了間際の5分間で入札が殺到し、価格は108ドルから一気に280ドルまで跳ね上がったという。51人の入札者を抑えて競り落としたのは、「Agetron」を名乗るジェイソン・ハクストン。ミズーリ州の大学に併設された整骨医学博物館の館長だった(280ドルは現在のレートで約44,800円)。

箱を手にしたあとに起きたとされる出来事を、ハクストンはのちに自著や取材で語っている。全身の発疹、突然の息苦しさ、繰り返す悪夢。彼は次第に、この箱を呪われた品だと信じるようになる。

ハクストンは戸棚にまつわる証言を集めたウェブサイトを立ち上げ、それは数十万のアクセスを集めたと報じられている。ロサンゼルス・タイムズの記者がこの「ネット発の怪談」を記事にし(2004年7月)、その記事が映画プロデューサー、サム・ライミの目に留まった。ライミ側は同じ年のうちに映画化権をハクストンに打診する。こうして生まれたのが、ホラー映画『ポゼッション』(2012年)だった。映画はこの箱の物語をゆるやかに下敷きにしたフィクションだ。

その後――封印、博物館、そして告白

ハクストンは最終的に、ラビ(ユダヤ教の聖職者)の助言を得て、箱を金で内張りした特注の容器に封じたとされる。やがてこの箱は、『ゴースト・アドベンチャーズ』で知られる心霊番組ホスト、ザック・バガンズの手に渡る。現在はラスベガスにあるバガンズの私設博物館「ザ・ホーンテッド・ミュージアム」のガラスケースの中に、封印されたまま収められている。

2018年には、ここを訪れたラッパーのポスト・マローンが、箱に触れたバガンズの肩に手を置いた一件が話題になった。報道によれば、その後しばらくして彼の自家用機が緊急着陸し、車が事故に遭い、自宅に侵入者が押し入る。ファンは「箱の呪いだ」と囃し立て、バガンズも因果を否定しなかった。本人は当初これを笑い飛ばしていたが、のちにテレビ番組で「あれ以来、霊の存在を信じるようになった」と語っている。

そして2021年、物語の根幹を揺るがす証言が出た。最初の出品者ケヴィン・マニスが、ある雑誌の取材に対し、来歴のすべては自分の創作だったと認めたのだ。オレゴン州ポートランドで家具修復業のかたわら文章を書いていた人物である。「私は物書きだ。ディビュークの箱は、私が創った物語だ」。ホロコースト生存者の遺品という設定も、箱に彫られたヘブライ語も、中に入っていた毛髪も、すべて彼が用意したものだった。毛髪は彼の友人のものだったという。キャビネット本体も、生存者の遺族からではなく、ある弁護士のガレージセールで買ったものだった。彼はこれを「リアルタイムで進行する対話型のホラー物語」として仕掛けた、と説明している。

この告白は、長く一部の人々が抱いてきた違和感への答えでもあった。実在の悲劇であるホロコーストと、ユダヤ教の信仰に根ざすディビュークの概念を、商品を売るための怪談の装置として使ったこの物語には、ユダヤ社会から批判も寄せられていた。箱に霊を封じるという設定に伝承上の裏付けがないことは、懐疑派がかねて指摘していたとおりだった。

それでも、ディビュークの箱はいまもガラスの向こうにある。創った本人が作り話だと認めたあとも、見物客は列をなし、ハクストンは自分の身に起きたことは本物だと言い続けている。280ドルの戸棚をめぐる物語は、書いた当人の手をとうに離れて、ひとり歩きを続けている。マニスの狙いどおりに、そして彼の想像をはるかに超えた規模で。

出典 SOURCES
  1. [1] The Forward「A Box Full of Bad Luck: Haunted Wine Cabinet Goes to Highest Bidder」(2004年2月) — forward.com
  2. [2] Input/Inverse「Finally, the truth behind the 'haunted' Dybbuk Box can be revealed」(2021年7月・マニスの告白) — www.inverse.com
  3. [3] Skeptical Inquirer「The Dibbuk Box」(2019年・検証記事) — skepticalinquirer.org